Think IT寄稿記事 第3回「多彩な資金調達手段と適切な選び方【後編】」ITエンジニアのための起業ファイナンス
目次
はじめに
今回の後編では、前回(前編)で説明した資金調達の大枠を踏まえ、より具体的な資金調達手段に焦点を当てていきます。「出資(エクイティファイナンス)」と「借入(デットファイナンス)」の中でも、それぞれの具体的な資金調達手段において、利用する順番や利用に当たって気を付けなければならない点、さらには見落としがちな落とし穴などについて解説します。
起業したITエンジニアの皆さんが直面する資金調達の現場では、理論だけでなく実践的な知識が必要です。例えば、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルから出資を受ける際の交渉のポイントや、銀行融資を受ける際の審査のコツなど、実務に即した情報です。
また、スタートアップの成長段階によって各資金調達手段がどのように適合するのか、そしてそれぞれの手段を組み合わせる戦略についても触れていきます。これにより、読者の皆さんが自社の状況に最適な資金調達手段を選択し、効果的に活用できるようサポートします。
資金調達は単なる資金の獲得ではなく、会社の未来を左右する重要な意思決定です。本記事を通じて、ITエンジニア出身の起業家の皆さんが、自信を持って資金調達に臨めるよう、実践的かつ具体的な知識を提供していきます。
多彩な資金調達手段
前回(前編)で説明した通り、主な資金調達手段には、下図のようなものがあります(再掲)。
(※クラウドファンディングにもいくつか種類がありますが、今回の場合は「株式投資型クラウドファンディング」のことを指しています)
これらの手段は、それぞれ特徴や適した状況が異なります。前編では、会社の将来像別に企業成長ステージごとの資金調達戦略について、デットファイナンスとエクイティファイナンスという大まかな分け方で説明しました。今回は、上記の具体的な資金調達手段のおすすめの利用順に加えて、知っておくべき内容や利用に当たって注意すべき点なども紹介していきます。
また、ITエンジニアだからこそ、申込の段階で注意しなければならないこともあります。それぞれの資金調達手段ごとに、貸し手が資金を提供する目的や期待値を理解しながら、それぞれに合った準備をする必要がありますので参考にしてください。
まずは公的融資で資金調達を
創業前後において資金調達をする場合は、まず公的融資、いわゆる「創業融資」を活用することをお勧めします。
最初に公的融資で資金調達をする理由
公的融資、特に日本政策金融公庫の創業融資は、起業の初期段階でのみ活用できる資金調達手段です。この制度を利用することで、実績がなくても融資を受けられる可能性があります。詳細は日本政策金融公庫のHPを参照していただきたいですが、必要書類は以下の通りです。
- 借入申込書
- 創業計画書
- 履歴事項全部証明書
申込後、1週間以内に担当者と面談し、面談後2週間程度で審査結果が届きます(相談内容や融資条件等により、多少日数を要する場合もある)。申込から融資まで、滞りなく進めることができれば3~4週間程度で完了するスケジュールです。
日本政策金融公庫の創業融資が初めに利用する資金調達手段としておすすめしている理由は、以下の通りです。
- 実績がなくても融資を受けられる
- 無担保・無保証で融資を受けられる
(創業期(新たに事業を始める方や事業開示後税務申告を2期終えていない)の方は、原則無担保無保証で各種融資制度を利用可能) - 金利が高くない
(創業期の方は、原則として利率を一律0.65%引き下げられる) - 返済期間が長い
(運転資金は原則10年以内、うち据置期間5年以内)
公的融資を活用することで初期リスクを抑えながら事業の基盤を築くことができ、将来の成長に向けた足がかりを得ることができます。
創業計画書は早期に売上が計上され
黒字転換する計画が好まれる
日本政策金融公庫は、早期に黒字転換する創業計画書を好みます。ただ黒字転換を示すだけでなく、現実的かつ具体的な黒字化への道筋があるか、という観点で審査を進めます。
例えば、ITエンジニアであれば開発業務を受託することで早期に売上高を確保できるスキルを持っています。ITエンジニアの経験を持つ社長が作成した計画書に受託開発業務によって売上高を成長させる、というプランであれば信ぴょう性があります。
一方で、一般的に前例がないような新規事業によって黒字化する計画の場合、審査が通りづらくなる可能性が高くなるでしょう。
創業計画書は、できるだけ信ぴょう性の高い、現実的かつ具体的な内容を織り込む必要があり、ITエンジニアの皆さんであれば、開発業務の受託業務は早期に売上高を計上できる説明しやすい業務の1つと言えるでしょう。
日本政策金融公庫の創業融資
・初期リスクを抑えながら事業の基盤を築くことができる
・早期に黒字転換する創業計画書が好まれる傾向にある
創業融資の後は 信用保証協会の保証付き融資を検討しよう
創業融資を利用した後の資金調達手段としておすすめなのが、信用保証協会の保証付き融資、いわゆる「マル保融資」と呼ばれる融資です。
創業融資の後、自社が上場やM&Aによる売却を目指す場合は、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルからのエクイティファイナンスによって資金調達を検討するスタートアップ企業が多いと思いますが、マル保融資はエクイティファイナンスを検討している企業にも利用してほしい資金調達手段です。
ひと言で「銀行からの融資」と言っても、大きく信用保証協会の保証付き融資「マル保融資」と「プロパー融資(信用保証協会の保証がない融資)」の2種類に分けられます。プロパー融資での調達はかなり難易度が高く、安定的な収益と盤石な財務基盤がないと審査は通りません。一方でマル保融資は、創業したばかりで業歴が浅いスタートアップ企業も利用できる可能性がある融資です。
創業したばかり、または、創業しようと具体的な計画を策定している場合に利用できる制度が存在します。
信用保証協会の保証付き融資の中には
経営者保証が不要な制度もある
一般的に信用保証協会の保証付き融資は、経営者保証を差し入れることが前提となっているケースが多いですが、会社の設立前後であれば、利用できる融資の中には経営者保証がいらない制度も用意されています。
例えば、東京都信用保証協会が用意している制度融資のうち、都創業融資「創業経営者保証不要型(略称:創業経保)」を見ると、経営者保証は不要で3,500万円までの融資を受けられる可能性があります(2024年9月現在)。
信用保証協会が用意している制度融資は創業に関するものだけでなく、業績が悪化した場合など、様々なニーズに合わせて用意があるので、状況に合わせて利用可能な制度融資があるか確認することをおすすめします。
信用保証協会の保証付き融資
・信用力が不十分な中小企業やスタートアップ企業も広く利用できる可能性がある
・近年では経営者保証を不要とするような動きもある
初期は大きな赤字を掘りつつも 急成長を志向する場合はエクイティファイナンスを検討する
スタートアップ企業が急成長を志向する場合、特に創業初期段階では大規模な投資が不可欠です。この時期は事業拡大に伴う支出が収益を大きく上回り、一時的に多額の赤字を計上することも珍しくありません。しかし、実績が乏しい創業間もない企業にとって、従来の銀行融資などのデットファイナンスによる資金調達は極めて困難です。
そこで重要な役割を果たすのがエクイティファイナンスです。この資金調達手法は、企業の将来性や成長ポテンシャルを評価して投資を行うため、現時点での財務状況や事業実績が十分でなくても資金を獲得できる可能性があります。
特に創業初期段階でのエクイティファイナンスの主な資金提供者として、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルが挙げられます。彼らは高いリスクを許容する代わりに、企業の急成長による大きなリターンを期待して投資を行います。
ただし、エクイティファイナンスには株式の希薄化や経営権の一部譲渡といった側面もあるため、そのメリットとデメリットを十分に理解した上で活用することが重要です。
エンジェル投資家やVCからの資金調達を成功させるためには、綿密な事業計画の策定が不可欠です。これらの投資家を納得させるための事業計画作成のポイントについて、詳しく解説していきます。
エンジェル投資家や
ベンチャーキャピタル向けの事業計画作成のポイント
エンジェル投資家やベンチャーキャピタル向けの事業計画は、日本政策金融公庫向けのそれとは異なるアプローチが必要です。重要なポイントは「成長性」と「市場規模」です。
投資家は大きなリターンを期待するので、大きな市場でどれだけ急成長できるかを示すことが大切です。また、あなたの事業の独自性や競合との違いを明確に説明しましょう。チームの強みや経験も重要で、特に関連分野での実績があれば強調してください。
将来的に上場やM&Aを目指すビジョンも示し、各成長段階での目標と追加の資金調達計画も含めた長期的で野心的な財務計画を立てましょう。要するに、銀行には「着実な成長」を、投資家には「大きな夢」を示すことが成功への近道と言えるでしょう。
エンジェル投資家やベンチャーキャピタル
・事業としての実績がない中でも投資を決断してくれる可能性が十分ある
・重要なポイントは「成長性」と「市場規模」をしめすこと
スタートアップ企業の成長を支える 柔軟な資金調達手段
「ベンチャーデット」は、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルなどの外部投資家から資金調達済みのスタートアップ企業向けの、エクイティファイナンスとデットファイナンスの特徴を併せ持つ資金調達手段です。
主なメリットは、エクイティファイナンスのデメリットの1つである株式の希薄化を抑えつつ、ある程度まとまった金額、数千万円~数億円程度の成長資金を確保できることでしょう。一方、デメリットとしては、エクイティファイナンスと比べて調達額が少なく、金利がやや高めで、新株予約権も必要になることが挙げられます。
ベンチャーデットは、特にアーリーからミドル・レイターステージの幅広いスタートアップ企業に適しており、エクイティファイナンスと同時に利用するほか、次回のエクイティファイナンスまでのつなぎ資金としても活用されます。一般的には、創業期の企業がベンチャーデットを利用するのは難しい資金調達方法と言えるでしょう。エクイティファイナンスを経て、事業の成長が数字として見えているステージでの活用が最も適切と言えるかもしれません。
一方、ベンチャーデットのほかにレベニュー・ベースド・ファイナンス(RBF:Revenue Based Finance)という手法があります。RBFは将来の売上高を予測し、予測された売上高を先んじて現金化します。エクイティファイナンスと異なり株式を希薄化させないファイナンス手法であり、将来の売上高が予測しやすいSaaS企業やEC企業などに適しています。
売上高が6ヵ月以上あれば申込が可能で、創業期の資金調達方法の選択肢の1つとして入れておくべき調達手法です。注意点としては、銀行融資と比べるとコストが高い傾向にあるため、資金繰りの計画を見ながら、必要に応じて利用することをおすすめします。
ベンチャーデット
・株式の希薄化を抑えつつ数千万円~数億円程度の成長資金を確保できる
・銀行融資と比べるとコストが高い傾向にある
株式投資型クラウドファンディングの利用は メリット・デメリットを把握した上で利用を検討すること
株式投資型クラウドファンディングは、非上場企業が発行する株式に対して、インターネットを通じて多数の投資家から少額ずつ資金を調達する仕組みです。非上場企業において資金調達手段の選択肢が限られていた中、2015年の金融商品取引法改正により創設された比較的新しい資金調達手段です。
法律により1年間の資金調達上限額が1億円未満と定められているなど、メリット・デメリットを把握した上で利用するようにしましょう。
株式投資型クラウドファンディングを利用するメリット
株式投資型クラウドファンディングもエクイティファイナンスの一種ですが、特に株式投資型クラウドファンディングだからこそ得られるメリットは下記の通りです。
- ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家だけでなく、一般の個人投資家など幅広い支援者を獲得でき、それに伴い資金調達できる金額が大きくなる可能性がある
- クラウドファンディングのプロセス自体が企業や製品の宣伝になり、認知度向上や潜在顧客の獲得につながる可能性がある
- 投資家が同時に顧客や支援者となり、企業を応援するコミュニティを形成できる可能性がある
株式投資型クラウドファンディングを利用するデメリット
株式投資型クラウドファンディングならではのメリットが存在する一方で、多数の小口投資家から出資を受けることによるデメリットもあります。
- クラウドファンディングでの資金調達が失敗した場合、企業の評判に悪影響を及ぼす可能性がある
- 多数の小口投資家から出資を受けるため、コミュニケーションや情報提供に時間と労力がかかる可能性がある
- 多数の小口株主の存在が将来のベンチャーキャピタルからの投資やM&Aの障害になる可能性がある
これらのデメリットはとても大きいため、慎重に検討する必要があると思います。過去、株式投資型クラウドファンディングによって資金調達した経験のある企業にヒアリングするなど、十分にリサーチした上で取り組むことをおすすめします。
クラウドファンディング
・幅広い支援者を獲得できる可能性があり資金調達額が大きくなる可能性がある
・多数の小口株主の存在がコミュニケーション、投資やM&Aの障害となりうる
まとめ
下図は、今回で紹介した資金調達手段を企業の成長段階に応じた主な資金調達手段を示しています。
(※マル保融資は企業の状況に応じた多様な制度があり、各成長段階で利用可能です。ただし、それぞれに融資限度額が設定されている点に注意が必要です)
この図から分かるように、各成長段階で利用可能な資金調達手段は異なります。重要なのは自社の現在の成長段階を正確に把握し、次のステージへ進むための最適な資金調達手段を選択することです。また、各手段のメリットとデメリットを十分に理解し、自社の事業計画や財務状況に合わせて適切に組み合わせることが持続可能な成長につながります。
おわりに
スタートアップの資金調達は、単なる資金の獲得以上に、企業の未来を左右する重要な意思決定です。エクイティファイナンスとデットファイナンス、そしてそれぞれの具体的な手段には独自のメリットとデメリットがあります。自社の成長段階、事業計画、そして長期的なビジョンを慎重に検討し、最適な資金調達方法を選択することが成功への鍵となります。
また、資金調達は一度きりのイベントではなく、企業の成長に合わせて継続的に行われるプロセスです。各段階で適切な資金調達手段を選び、それを効果的に組み合わせることで持続可能な成長を実現できます。
資金調達はあくまでも手段であり、目的ではありません。調達した資金を有効に活用し、事業価値を高めていくことこそが真の成功への道筋です。皆さんが、この記事で得た知識を活かして自信を持って資金調達に取り組み、素晴らしいビジネスを築き上げていくことを心から願っています。
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