日本酒の未来をつくる──「SAKE HUNDRED」の挑戦と成長を支えたFlexCapitalベンチャーデット
目次
事業概要と掲げるミッション
日本酒産業の構造課題に挑む“市場創造型”スタートアップ
ーー Clearの事業概要と掲げているビジョンについて教えてください。
御林:
私たちは「日本酒の未来をつくる」というビジョンを掲げ、日本酒産業において新しい市場を創出するスタートアップとして事業を展開しています。ミッションは「日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く」です。
日本酒産業は、出荷量が長期的に減少し、市場全体が約4,000億円規模で推移する一方で、飲用シーンは本来非常に多様性に富むジャンルです。日常用のみならずギフト用途や特別なディナーのペアリング、投資性を伴う高価格帯商品など、使われ方・価値の幅は本当はもっとあっていいはずなんです。
しかし現実には、ワイン、シャンパン、ウイスキーのように、日常からギフト用途、特別な日のボトル、資産性を伴うもの、といった明確な価格帯の階層構造が、まだ十分には形成されていません。
この“価格の階段”が適切に存在しないことが、日本酒産業の弱点でもあります。適正な価格決定力(プライシングパワー)、高付加価値商品の不足、ブランド価値の資産化が進まない構造といった課題が、長年にわたって産業の成長を阻んできました。
そこでClearは、“高価格帯・ラグジュアリー領域”を日本酒市場で形成することにより、産業の価値そのものを底上げし、市場を再定義するというアプローチを取っています。
その象徴が、ラグジュアリー日本酒ブランド〈SAKE HUNDRED〉です。〈SAKE HUNDRED〉は「心を満たし、人生を彩る」というブランドパーパスを掲げ、特別なシーンで選ばれる存在を目指しています。たとえば、特別な人との特別な時間に、エルメスのスカーフを贈るのか、ドン・ペリニョンを開けるのか、それとも〈SAKE HUNDRED〉の日本酒を贈るのかといった世界を本気で追求しています。

このようなラグジュアリー市場の創出は、単なる高価格商品の開発・提案ではなく、産業全体の価値構造を再設計する取り組みでもあります。分かりやすく言えば、従来の日本酒市場では日本酒の美味しさや製法などの機能的価値により価値を築くことが一般的ですが、それだけでなく、情緒的価値や資産性などの“ブランド価値”を築く取り組みです。価格帯のトップエンドを切り拓くことで、産業全体の価格ピラミッド全体を再構築する、SAKE HUNDREDというブランドだけが儲かるのではなく、製造を担う酒蔵パートナー、その原材料となる酒米をつくる農家や麹を作る種麹メーカーなど日本酒産業のエコシステムに参加するすべてのステークホルダーが経済的にも潤う新たな収益性・収益構造を産業界に形成するという、産業レイヤーの課題に対する構造的アプローチです。
Clearは日本酒という伝統産業において、「市場の奪い合い」ではなく「市場そのものの拡張」を行う稀有なスタートアップとして、ミッションの実現に取り組んでいます。
- 御林洋志 | 取締役
- 慶應義塾大学法学部卒業。在学中に公認会計士試験に合格。有限責任監査法人トーマツへ入所し、上場企業の法定監査、未上場企業の予備調査・株式公開支援業務に従事。2013年からグローバル・ブレイン株式会社にて、キャピタリストとしてスタートアップへの投資・支援に従事。その後、株式会社ANOBAKAの立ち上げからパートナーとして参画し、20社を超えるシード期のスタートアップへの投資・支援を実行。株式会社Clearのリード投資家も務める。2021年1月より株式会社Clearへ入社、同年5月より取締役。
- 古川拳土 | 経営企画
- 慶應義塾大学経済学部卒業。公認会計士試験に合格後、2017年2月より有限責任監査法人トーマツへ入所し、会計監査業務、内部統制監査業務、定期採用関連業務に従事。その後2020年7月より、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社にて企業価値評価業務や会計監査支援業務、財務分析業務等に従事。2022年4月より株式会社Clearへ入社。
現在の事業フェーズと組織の現在地
ミドルステージから“再成長フェーズ”へ移行するタイミング
ーー 御社は現在、どのフェーズにあると捉えていますか。
御林:
現在のClearをステージで捉えると、「ミドルステージ」に位置していると考えています。累計資金調達額は24.4億円に達し、組織規模も拡大してきました。事業の基盤は整えながら、“成長と基盤強化の両立を図るフェーズ”にあります。
振り返ると、2021年に大きな事業成長モメンタムがあり、日本酒カテゴリの中で高い成長性を示すことができました。そこから2022年は、業界全体のデジタル広告環境の変化もあり、トップライン中心の成長モデルから、利益創出を重視するモデルへ転換しました。いわば「キャッシュフローと利益構造の再設計」に注力した期間です。
この期間に、適正CPAを超える広告出稿を抑制したり、固定費や業務委託費などのコスト管理を徹底したことで、事業の“地力”を整えることができました。結果として、2023年以降は安定したキャッシュポジションを維持したまま、再び成長投資を行える体制を取り戻しています。
現在は、2022年に利益とキャッシュフロー創出を重視した体制へ切り替えたことで財務基盤が安定し、オンライン×オフライン戦略の強化、高付加価値プロダクトの供給体制強化といった「次なる成長カーブを描くための投資フェーズ」に移行しており、“再成長軌道”に確実に乗っていると捉えています。財務の観点でいえば、「成長投資を再開できる財務健全性」×「ブランド価値に支えられた収益性」というミドルステージ独特の好循環に入っている状況です。
ブランドアセットの価値が事業成長へ転換した局面
“投資フェーズ”から“成長フェーズ”へ移行した2020年
ーー これまでの中で、特に象徴的な転換点はありましたか。
御林:
大きな転換点は2020年です。〈SAKE HUNDRED〉を立ち上げてから最初の2年間は、ブランドの認知形成や商品の価値づくりに多くの時間とリソースを投下したものの、売上は月数百万円規模を行き来し、予実も安定せず、非常に厳しいフェーズが続きました。いわゆるブランド投資の回収前段階で、事業としての収益性はまだ確立していなかった時期です。
しかし2020年に入り、積み上げてきたブランドの魅力が一定の閾値を超え、“潜在需要”から“顕在需要”へ転換したタイミングを迎えます。コミュニケーション設計やプロダクト体験が社会に届き始め、「この価格でも買いたい」というお客さまの意思表示が、明確な数字として表れ始めました。
その結果、2021年には予算を如実に上回る成長を達成し、ブランド力が明確に販売力へと転換したことを実感しました。これは単に売上が伸びたという話ではなく、「ブランド投資が事業としてのリターンを生み始めた」フェーズへの移行だったと思っています。

2022年:広告環境の急変と、利益・キャッシュ重視への構造転換
ーー 以降の展開も順調に進んだのでしょうか。
御林:
2022年に入り、D2C領域全体でデジタル広告環境の悪化が起こり、オンライン中心のマーケティングモデルの効率が低下しました。Clearでもトップラインの成長が難しく、計画との差異が生まれました。
そのような環境下で、私たちは事業運営の軸を明確に切り替えました。具体的には、
- トップライン偏重から、利益/キャッシュ創出に軸足を移すこと
- 適正CPAを超える広告の即時停止
- 固定費・外注費の構造的見直し
- キャッシュフロー管理の徹底
といった取り組みを同時並行で進め、「成長のカーブを描くための地力を整える時期」に戦略的に切り替えたということです。
この財務体質の改善・強化策が功を奏し、2023年以降は、過度な広告依存からの脱却による安定的なキャッシュポジションの維持により、オフラインや海外など、多面的なチャネル投資を再開できる体制が整いました。2020〜2022年の3年間が、Clearにとって“ブランド資産(価値)の積み上げ→販売転換→財務基盤整備”の3段階を経たフェーズだったと総括できます。
資金調達のターニングポイントと事業フェーズの変遷
ーー これまでの資金調達の変遷について教えてください。
御林:
まず大きかったのは、2018年の初めてのベンチャーキャピタルからの調達です。それまでは個人投資家からの出資が中心だったのですが、初めてVCが「日本酒という産業領域」と「Clearというスタートアップ」に対して投資判断を下してくれました。
これはClearにとってだけでなく、日本酒産業全体にとっても象徴的な出来事でした。なぜなら日本酒は、これまで“投資対象として評価されにくい伝統産業”という位置づけが強かったためです。VCの投資判断には、事業としての成長性とエグジットの可能性が求められますが、日本酒は長らくこの二つの評価軸で見られてこなかった。そこの壁を初めて越えたラウンドだったと思います。
次に大きかったのは、2021年の約13億円の調達です。日本酒カテゴリにおいて10億円超の大型調達は当時ほとんど前例がなく、産業全体にとっても“日本酒スタートアップが成長産業として認められた瞬間”と言えるラウンドでした。
この調達が実現した背景には、大きく三つのポイントがあります。
一つ目は、「日本酒はグローバルで勝てる必然性がある」ということです。日本酒は、食文化や体験価値そのものが強い競争力を持ち、海外市場で受け入れられやすい特性があります。特に「食×文化×体験」の組み合わせやジャパニーズウイスキーの成功事例、インバウンド需要増など、事業構造的にグローバル展開がしやすいカテゴリです。投資家から見ても「海外で事業が伸びるストーリーが描きやすい産業」であり、この構造的優位性が大型ラウンドの後押しになりました。
二つ目は、Clearが示した“数値ロジック”と事業モメンタムです。2021年時点では、Clearは事業の数値を明確に説明できる状態になっていました。需要と販売の相関、ブランド力と転換率、顧客獲得とLTVの関係、広告効率、生産体制と成長予測──こうした因数分解によって“なぜ今の売上が生まれているのか”、“どの投資を行えばどれだけ伸びるのか”をロジカルに示すことができたことが、投資家の強い信頼につながりました。
三つ目は、創業者・生駒の“強烈な情熱”です。スタートアップ投資において、創業者の“熱量”や“原体験”が投資判断に影響を与える領域は、ステージが上がっても必ず残ります。特に伝統産業の変革というチャレンジは、数字だけでは説明しきれない部分があります。Clearが築いてきたストーリーと、生駒の日本酒に対する強い想いが、投資家の共感と確信につながり、2021年の大型ラウンドを後押ししたのだと考えています。
ベンチャーデット検討の背景と意思決定プロセス
ーー FlexCapitalのベンチャーデットを検討した背景について教えてください。
御林:
Flex Capitalを検討したきっかけは、CFO交流会でFlex Capital事業責任者の太田さんとお会いし、サービス内容を伺ったことです。当時、ちょうど次の資金調達を検討し始めていたタイミングでもあり、「まずは情報を取りに行こう」という意図で面談を依頼しました。
特に重要だったのは、当時のClearが置かれていた状況です。端的に言うと、「成長の谷」と「資金調達の谷」が重なりやすい“狭間のタイミング”にあったということです。
日本酒市場は季節性が強く、Clearの事業も冬の需要期に向けて売上が大きく伸びます。しかし、事業を大きく伸ばせる自信はあったものの、資金調達の検討を始めた9月時点では、その“冬の伸び”がまだ実績として可視化されていませんでした。つまり、事業の実績値は“大きく伸びる手前”、エクイティ調達は“動き出した直後”という、いわば「両面で不確実性が残る状態」にあったのです。
ーー なぜその状況でデット調達を検討したのでしょうか。
御林:
このような状況でClearがベンチャーデットを前向きに検討した理由は、主に三つあります。
一つ目は、事業の推進力を落とさないためです。冬の需要期に向けて在庫・広告・販促などの投資を止めてしまうと、成長機会を逃す可能性があります。「成長投資のアクセルを踏み続ける選択肢を持ちたかった」──これが最大の理由の一つです。
二つ目は、エクイティ調達で不利な状態を避けるためです。エクイティ調達において、キャッシュ残高が少ない状態で交渉に入ると、バリュエーション、優先株の条件、投資家側の交渉力の強さといった面で不利に働く可能性があります。足元のキャッシュポジションを強化することは、“交渉上の強さ”を確保する意味でも極めて重要でした。
三つ目は、資金調達の複線化(リスク分散)のためです。スタートアップにとっては、単一の資金調達手段に依存すること自体がリスクになります。運転資金やプロダクト投資資金といった資金使途に対して、エクイティ、デットといった調達手段を組み合わせて持ちあわせ、ポートフォリオとして管理することが、中長期の健全な経営には不可欠です。この視点から、「複数の選択肢を常に並行して持っておく」という方針で動いていました。
ーー FlexCapitalを選んだ決め手について教えてください。
御林:
Flex Capitalのベンチャーデットは、審査プロセスのスピード、スタートアップフレンドリーな設計、将来の成長を加味した審査、事業・業界環境への理解(季節性の理解)といった点で非常にフィットしていたため、「今検討すべき選択肢のひとつ」と判断しました。最初の入り口は小さな接点でしたが、Clearが置かれていた状況と、Flex Capitalのプロダクトの特性が非常に合致したタイミングだったと言えます。
FlexCapital導入後の運用体験
審査スピードと運用負荷の低さが、スタートアップ財務を支えた
ーー 実際に手続きの負荷などはどうでしたか。
古川:
正直に言って、全く手間取らなかったという印象です。申し込みから審査、資料提出、月次モニタリングまで一連のプロセスが非常にスムーズでした。多くの金融機関では、書類作成や面談の頻度が高く、事務負荷が経営管理部に重くのしかかるケースがありますが、Flex Capitalの場合は手続きが一つのシステムに集約されているため、ストレスをほとんど感じませんでした。
スタートアップは少人数の管理体制で財務・会計・資金調達を同時に進める必要があります。その意味で、過度な資料作成が不要であること、モニタリング報告が体系化されていること、担当者負荷が最小限で済むといった点は、事業への集中を阻害しない非常に合理的な設計だと感じました。
金融機関の方が読んでも誤解のないように言えば、「審査の質を落とさずに、運用負荷だけを最適化している」点が特長だと思います。
ベンチャーデットがもたらした効果
事業の推進力を維持したまま、季節要因を乗り越える“橋渡し”になった
ーー 導入後の効果をどのように感じていますか。
御林:
まず短期的には、「事業の推進力を落とさず資金をつなげた」という点に心から感謝しています。Clearの事業は、冬の需要期に向けて商品供給や広告・販促への投資が必要になります。ここでキャッシュポジションが弱いと、投資を止めざるを得ず、本来伸びるべき需要期で機会損失が生まれます。Flex Capitalの融資があったことで、この季節性の“谷”を安全に乗り越えながら、成長に必要な投資を実行することができたというのは非常に大きな効果でした。
もう一つ大きいのは、エクイティ調達への影響です。資金繰りが不安定な状態で投資家との交渉に入ると、バリュエーションや優先株式の条件、出資比率、投資家との力関係といった面で、スタートアップ側が不利になります。財務的に追い詰められた状況での調達は、条件が悪化しやすいのは金融業界の常識です。
Flex Capitalの融資によって足元が安定したことで、「余裕を持って交渉に臨めた」と感じています。精神的にもポジティブな影響がありました。意思決定者にとって、資金的な不安がある状態での交渉は、非常に消耗します。融資によってそのストレスが軽減され、健全な状態で資金調達に向き合うことができました。
結果として、その後のエクイティ調達は非常に良い形で進み、キャッシュポジションも大きく改善しました。これは単に“一時的な資金繰り改善”に留まらず、ブランドアセットの構築スピードを落とさずに済んだこと、そして収益構造の改善と同時に事業投資サイクルを維持できたという意味で、Clearにとっては重要な転換点でした。つまり、Flex Capitalの融資は、後の健全なエコノミクス形成につながる起点になったというのが私たちの総括です。
FlexCapitalへの期待と今後のサービス進化への要望
「機械的・定量的に判断できる金融機関」という強みの活用
ーー サービスに対して追加の期待があれば教えてください。
御林:
もし可能であれば、モニタリングデータを活かした「リアルタイムでの融資可能性の提示」があると嬉しいですね。
例えば、Clearのように月次で一定のトレンドが見えてくる事業、季節性があり、伸びるタイミングが明確な事業、ブランドアセットの積み上げに比例して業績が伸びる事業では、モニタリング上で事業モメンタムの改善が見える瞬間があります。
その際に、「今の業績推移であれば、次回はこれだけの融資枠・金利条件で実行可能です」といった“自動提案(プル型ではなくプッシュ型)”が受けられると、経営として非常に判断しやすくなります。
通常の金融機関では、面談を重ねて対話の中から可能性を探っていくことが大半ですが、Flex Capitalの場合はモニタリングがシステムで完結しているからこそ、人ではなく機械的・定量的に判断できる強みがあると感じています。この強みをさらに活かせば、スタートアップ側の資金計画がより精緻になり、投資・採用・仕入れの意思決定スピードが上がり、金融機関側にも“優良顧客の発見”が早期化されるという非常に大きな価値につながると思っています。
中長期の展望──国内外でブランド体験を拡張し、日本酒の未来をつくる
オンライン×オフラインでのブランド価値の最大化とグローバル展開
ーー 今後の展望を教えてください。
御林:
今後は、〈百光〉を中心としたSAKE HUNDREDの各商品を、より多くのお客さまに届けていきたいと考えています。そのためには、単純に販売量を増やすだけでなく、ブランド体験そのものを強化する必要があります。
オンライン販売は引き続き成長していますが、一方でポップアップや常設店舗、レストランでの体験、高級百貨店での接点などの“オフライン体験価値”の強化が極めて重要です。ブランドの世界観をより深く理解していただくためのリアルな場が、長期的にはブランド価値の資産化に直結します。
また、グローバル展開は今後さらに加速させます。現在はアジアを中心に8エリアで展開していますが、欧州・北米市場でブランドを根付かせることが、次の大きなチャレンジです。日本酒は海外でのポテンシャルが非常に大きい領域であり、Clearの挑戦が日本のスタートアップの存在感向上、日本酒産業全体の市場拡張、日本ブランドの価値向上に寄与できると考えています。
インバウンド・店舗体験の強化:銀座での展開へ
古川:
直近では、代官山でのポップアップに続き、2026年3月には銀座でポップアップを予定しています。特に銀座は、インバウンド比率、高価格帯消費、ラグジュアリー商材との相性の観点から非常に重要な動線であり、日本酒の魅力を国内外の方に体験していただく象徴的な場になると考えています。
私たちは、日本酒という一つのプロダクトだけではなく、“日本文化そのものの価値を伝えるブランド”として、国内外のお客さまに体験していただく場づくりを強化していきます。
ーー 本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

